甘納豆
甘納豆をつくる気など、毛頭なかったですよ

「おやじは函館市内の製菓店などに豆を卸してました。スソモノといわれる豆を餡にし卸す仕事もしてました」当時、市内にはたくさんの和菓子屋がありましたが、作り手が高齢になるにつれ、小売店は少なくなっていました。スーパーが台頭してきた時代です。取引先の最後の一軒となったのは、新川町にあった八千代製菓でした。石黒商店から仕入れた豆を素材に甘納豆も作っていたそうです。長くご夫婦で営んできた和菓子屋さんで、息子さんもいたそうですが、この商売には向かないと店を畳むことに…。「店をやめるんだけど、あんたの息子にだったら教えてもいいよと八千代のご主人に言われたウチのおやじが、勝手に引き受けてきた」というなかば強引な流れで、石黒さんは甘納豆を作ることになったといいます。「甘納豆を作る気など毛頭なかったですよ。見ていて大変そうだったし…。最初はもういやいややっていたという感じでした」。

おれが作るならこうはしない

石黒商店の甘納豆は、すべての工程で“絶妙な加減”が成された賜物です。豆が持っている本来の味を引き出すために、炊きすぎる少し手前まで炊き、そして蒸らす。この炊いている時の香りで、豆の味の強さがわかるそうです。炊き上がった豆の味を確かめ、蜜の甘味を計り、漬けるタイミングや時間を見定める――。

甘納豆の粒写真

あのしっとりとした食感と豆本来の味を生かした甘納豆は、こうした工程無くしては出来上がらないのです。「甘納豆作りにマニュアルはないですよ、作り手の勘と経験でしかない」。以前は若い人を雇ったことがあったそうですが、現在は、石黒さんお一人で作っています。「昔のように見て覚えろというのは今の若い世代には通じない。言葉で伝えなくちゃいけない。だけど、どの工程も常に素材である“豆の状態”を見ながらその都度判断しているので、言葉ではなかなか伝えられないんですよ」。たしかに、お話を伺ったその一連の工程は、やはり作り手の感性でしかないのでしょう。八千代製菓のご主人が、基本しか教えなかったのはおそらく、そういうことだっのかもしれません。おれが教えても、作った人間がおまえなら、それはおまえの甘納豆だ」。

甘納豆の粒がコロコロ
たま福来

「最初は、あまりに味が薄くて売れないって思いましたね。大豆は甘さを吸収していくタイプの豆じゃないから、他の豆より工程に時間がかかる。だからといっていきなり濃い蜜の中に入れたりはできない。縮まってしまい、かたくなってしまうからね」。

たしかに大豆の甘納豆というのはあまり聞きません。素材の向き不向きで言うと、甘納豆向きの豆ではないのかもしれません。ただ、たまふくらは黄大豆としては大ぶりで、栗のようなしっとりした食感を持つ大豆ではありました。が、試作はしたものの一年くらいでやめたという経緯もあったそうです。それでも「断っても断ってもなぜかまた話がくる豆だったんですよ。ご縁のある豆だったんでしょうね。たいへんでしたけど、うちにとってはいい素材に出会えたんだなと思います」。試行錯誤を重ね、完成した先では、たくさんのお客様に喜ばれました。石黒さんが手がけたたまふくらの食感は、他の豆にはないものでしたし、ヘルシー・健康志向の今を考えるとうれしいお菓子です。たまふくらを「たま福来」と命名し、パッケージにしました。「福が来ますように」とそう伝え、売っています。2013年には、北のハイグレード食品(*)受賞という評価も受けました。

※ 北海道の一流シェフや百貨店のバイヤー、流通、出版関係者などが選定にあたった道内各地のこだわり商品や食材を言う。

「少しづつ買って、少しづつ食べてください」
気の長いやつには甘納豆は作れない−

以前、倉庫だった場所を改装し、広い作業場を作ったのが3年前のこと。豆を炊く大釜、蜜を入れた寸胴、炊き上がった豆を大釜から寸胴へ移動するためのクレーンのような仕掛け。隣には乾燥部屋があります。お一人で作業しているとは思えない広さです。「和菓子屋は水に濡れたらこまる。でも甘納豆屋は水に濡れるもの。広いスペースがいるんですよ」作業の工程を拝見していると、炊き釜からたちのぼる蒸気、そして熱気もすごいのです。換気は万全なのですが、狭い空間だったらすぐさま視界不良になるほど。また、仕込む豆の量を考えても、人手で釜から引き上げることすら容易ではありません。そして豆本来の味わいを生かすためには、蜜に入れるまでの一連の作業をとめることはできないのです。夏の時期などは半端のない暑さになります。火を入れた蜜が目の中に入ってきたり、砂糖の結晶がぶつかってきたりと、火傷も絶えないそうです。実際、石黒さんの両手の爪は、日毎の「砂糖がけ」で削れていました。店での業務や裏方を手伝いながら側らで作業を見守る奥さんは「忙しい時は手伝おうかと声をかけるんですけど、やらせてくれませんね。最後のたのしみみたいで。自分じゃなきゃだめみたいです」と笑う。「豆が、砂糖で気持ちよく衣を纏うのが理想」と、こだわりがあるのです。ごまかすことができない性分だからと、石黒さんは自分のことをそう話します。「雑穀を扱っていた頃は、農家が作ったものにちょっと磨きをかけてそれを右から左へ流す、卸しという家業が嫌いでね。だけど、甘納豆は違う。生の豆から、自分の味を作ることができる。それなればお金をもらうことができる」と思ったと言います。「八千代のおやじさんは、気の長いやつには甘納豆は作れない。おまえみたいな気の短いやつがいい」とそう言ったそうです。・・・見抜いていたのかもしれません。

考えてみると、甘納豆というのは
甘納豆に写真

(株)石黒商店 | 函館市昭和2丁目11番2号 | 0138-41-0839 | http://www.amanattou.com

(取材・文/山本直美)